凡事徹底で堅実な成長を
日本一予約される美容室「ALBUM」のSNS戦略
Date : 2025/01/27
昨今アパレル業界を中心に、ブランドの公式アカウントに加えて、店舗のスタッフ自身がSNSアカウントを活用する事例が急増しています。
日本で一番予約される美容室「ALBUM」もまた、美容師のSNS活用に注力していますが、華々しく見える活動の根底にある思想は意外なものでした。
「瞬間的なブレイクではなく堅実な成長で、ALBUMのコンテンツが届き続ける世界線を築いていきたいです」
ALBUMのSNS活用の方向性をこう語るのは、広報部の山本剛瑠さんです。山本さんに同社の活動内容を伺いつつ、その真意を探りました。
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目次
凡事徹底のSNSアカウント運用
三島悠太(テテマーチ取締役/ビジネスプロデューサー):
山本さんが所属する広報部のミッションや、山本さんの仕事内容について教えてください。
山本:
広報部のミッションは、「美容室といえばALBUM」と言われるべく、お客様から信頼を得てブランドの価値を高め、組織を優位にすることです。
そのなかで、私は主に採用広報とSNS広報を担当しています。採用広報の活動は、中途採用・新卒採用のために学校説明会やオンラインの会社説明会を行いつつ、面接対応や面接フローの整備を行っています。
SNS広報では、主に公式アカウントの運用と、ALBUMに所属する約150名の美容師のInstagram運用支援などが主な仕事内容です。
三島:
すごい人数ですね。ALBUMに所属する美容師さんは基本的に、Instagramを運用しなければならないのですか?
山本:
やっていて当然という認識で、「やらない」という考えすらないかもしれません。
三島:
完全に当たり前なこととなっているのですね。Instagramの運用支援はどのように行っているのですか?
山本:
月次ベースでアカウント別のフォロワー数や投稿数の差分を見て、「このアカウントは最近伸びているな」「このアカウントは投稿数が減っているな」といった変化を把握しています。
三島:
そのデータはどのように収集するのですか? 美容師さんからデータをもらっているとか?
山本:
美容師のアカウントに直接アクセスして情報収集し、手動でスプレッドシートにまとめているんです。

三島:
これをすべて手動でやっているのですか!山本さんひとりで!?
山本:
はい(笑)。
三島:
すごい仕事量だ……。
山本:
自社に関連するデータだけでは思想が偏ってしまうので、業界トップ50のアカウントも随時チェックしています。先ほどのリストと同様に、フォロワーの推移やコンセプト、バズり方やその要因などを分析しています。

三島:
非常に興味深いです。特に「バズり方」の項目は、撮影力やヘアアレンジ、かわいい系、カウンセリングなどいくつもの要素に整理しているのですね。これらもすべて、山本さんが手動でまとめているのですか?
山本:
一つひとつアカウントを見て、投稿内容やコメントなどから推察しています。その内容をもとに、「このアカウントはALBUMだと〇〇さんの参考になるな」といった情報にまで落とし込んでいます。
三島:
スタッフアカウントを成長させるために、ここまで凡事徹底できている企業はそう多くはないと思います。アナログな手法もDXやデジタル化からは逆行していますよね。大変ではないですか?
山本:
「自分で数字を見て入力するから分析できる」というのが、代表の槙野光昭の考えです。大変な側面もありますが、一つひとつの情報に目を通して分析してみると、得られる知見は圧倒的に違うなと感じています。

好きに発信してもらう。強制しないのがALBUM流
三島:
そうやって丁寧に集めたデータをもとに、美容師さんに戦略などを伝えていくわけですよね。
山本:
はい。ただ原則として、こちらから口うるさく指示を出さず、好きに発信してもらっています。
ALBUMに所属する美容師はSNSへのモチベーションが高いので、自発的に発信してくれています。立場上、こちらが一方的に発信内容を指示してしまうと信頼関係が崩れてしまいかねないため、伝え方には十分気をつけています。
例えば、先ほどのスプレッドシートをパワーポイントにまとめて、月1回の役職者向けミーティングにてバズった投稿やその要因を「成功事例」として紹介しています。数字だけを共有しても投稿に反映することが難しいため、できるだけ可視化してシンプルな資料としてまとめるようにしています。
美容師に何かアドバイスするときは、「具体的に伝える」ことを大切にしています。DMをやったほうがいい、アレンジ動画を投稿したほうがいいと口で伝えても、相手は何をすればいいかイメージできません。そうではなく、「この美容師のこの動画を真似すればバズるよ」と伝えることが大事です。

三島:
抽象ではなく具体で伝えることによって、美容師さんたちがトレースできるようにしているのですね。管理側として、SNS運用における数値目標などは設定しているのですか?
山本:
「週2回は必ず投稿する」という目標を設定しています。
「毎日投稿」を目標にすると、強制力が高くなってしまいます。また、ALBUMに限らず、人気美容師の投稿数を分析したところ、「1週間で平均4回投稿している」というデータが得られましたが、週4回の投稿もハードルが高いです。
結果、最低でも週2回は投稿しようという形に収まりました。フォロワー数は運の要素も非常に大きいため、目標設定には含んでいません。
三島:
高すぎず低すぎず、Instagramの投稿を習慣化できるように目標設定しているのですね。ある程度自主性にまかせているということですが、逆に「これはダメ」といったルールはあるのですか?
山本:
モラルに反する投稿を除いて、禁止事項も特にはありません。
三島:
あくまで美容師さんの個性や世界観に任せていると。
山本:
ALBUMにはオールジャンルの美容師が在籍しています。本部の意向で投稿内容を統一させると、逆に私たちの強みが消えてしまうんです。自由にSNSを楽しんでもらいつつ、フォロワーやお客様が増えればいいというのが、ALBUM全体の考え方として定着しています。
三島:
ALBUMというブランドの統一感やトンマナを設けないことが、結果として「ALBUMらしさ」につながっているのですね。

「ALBUMアカデミー」でSNS運用の土台を作る
三島:
「ALBUMに所属する美容師はSNSへのモチベーションが高い」ということでしたが、なぜそれだけSNSでの発信が当たり前になっているのかが気になりました。採用や教育の段階で、何か工夫があるのですか?
山本:
採用では、InstagramなどのSNSを活用する意欲があるかどうかは軽くチェックしています。それ以外に、ALBUMでは主に新卒のアシスタントスタッフに最短1年でスタイリストデビューができる「ALBUMアカデミー」という教育プログラムを用意しています。
アカデミーのカリキュラムの一部を利用して、私たちがSNS運用などの授業を行っているんです。
1コマ目ではまず、Instagramの始め方や最新のアルゴリズムなどを勉強します。その後、2コマ目は自己分析や競合分析、3コマ目はペルソナ設計などを行います。
新卒入社のスタッフは、自分のやりたいジャンルやベンチマークとすべきアカウントが明確ではありません。お客様のイメージやマーケット視点がないまま発信して、よい結果を得られず迷走してしまうことがほとんどです。
私たちは、ペルソナ設計をとても大事にしており、ペルソナを作成するために必要な3C分析などのマーケティング用語をなるべくかみ砕いて説明しつつ、自身のブランディングにも落とし込んでもらっています。カリキュラムで学んだことをベースに、一貫性のある質の高い投稿ができるようサポートしていきます。

三島:
SNS運用を通じて、自分がどんな美容師になりたいかを思い描いていくのですね。キャリア形成にとっても、非常に価値ある授業だと思います。アカデミーはいつから運営されているのですか?
山本:
開校したのは2020年です。私たちが授業を担当する以外に、トップ美容師に運用のコツを解説してもらう授業もあります。営業後に授業をすることも少なくありません。
三島:
現場のOJTのような形で、カットやスタイリングだけではなくSNSの発信も店長やトップ美容師さんが教えてくれるんですね!本部と美容師さんだけではなく、美容師さん同士の交流によって成長できる環境でもあるということですね。

フォロワー数は絶対的な数字ではない?
三島:
約150名の美容師さんのSNSアカウントを支援するなかで、フォロワーが伸びやすい人・伸びにくい人の傾向などはありますか?
山本:
目立った傾向はないというのが率直な感想です。私たちは週2回の投稿頻度を目標にしていますが、フォロワー数に影響しているわけではありません。コンテンツのクオリティなど、さまざまな要素が影響してフォロワー数につながっていると思います。
最近では、「フォロワー数に価値はあるのか」とすら感じてもいるんです。
例えば、美容師でフォロワー数がもっとも伸びやすいのはヘアアレンジの動画です。しかし、それが集客につながるとは限りません。
三島:
自分でヘアアレンジする人も多いから、いいねや保存などで終わってしまうわけですね。
山本:
他にも、2024年度の美容師アカウントあるあるとして、「外国人にバズりやすい」というものがあります。フォロワー10万以上の大規模アカウントでも、フタを開けてみると約8割が外国人というケースもちらほら。
外国人の割合が増えると、アルゴリズムの最適化で日本人にコンテンツが表示されなくなるという悪循環に陥ってしまうことがあります。外国人のお客様の来店につながることもありますが、リピートにはつながりません。結果、集客にも売上にも認知にもつながらないアカウント運営になってしまうわけです。
三島:
ただコンテンツがバズればいいというわけではないのですね。
山本:
SNS運用で私たちが重視しているのは投稿数とフォロワー数ですが、必ずしもそれらが売上に比例するわけではありません。
売上にはいろいろな要因が考えられます。カットの技術が高い人やコミュニケーションが上手な人は、SNSに力を入れずとも勝手に指名予約が発生します。
三島:
美容師さん自身が、魅力的なプロダクトとして認知されているのか。SNS以外で売上に影響する要因が存在する以上、「Instagramを頑張って運用しよう!」という方針は浸透しにくいのではないですか?
山本:
Instagramを使わずとも成功している美容師がいる以上、SNSの優先順位にはバラツキが出てしまうのは仕方がないと思っています。すでに多くのお客様からの予約があり、SNSを更新する余裕がない美容師もいます。
一方で、Instagramの運用が成功している美容師は、多かれ少なかれ指名予約での売上が伸びている事実もあるため、SNSの効果は否定できません。それに、私たちからは見えない部分でお客様とコミュニケーションを取って、売上を伸ばしている美容師もいます。
例えば、投稿数はそこまで多くないけれど、10人20人のお客様とInstagramのDMでつながっているという美容師がいます。DM活用はフォロワーにも影響があるようで、フォロワー4万人の美容師がDM返信を始めたところ、リールがバズってすぐにフォロワーが3,000人増えたといった事例がありました。
三島:
InstagramもDMによるコミュニケーションを推奨しているので、非常に賢い戦略だと思います。本社スタッフは、DMによるセールスをキャッチアップできているのですか?
山本:
外部からDMに関するデータを取得する術はないので、美容師本人に聞くしかないですね。
三島:
正直、見えないクローズドの行動を取ってほしくないというのが、本社スタッフの本音だと思います。そこにストップをかけない皆さんの方針は素晴らしいと思います。
山本:
クローズドな場であれ、それで売上を伸ばしている人に対して「DMではなく投稿に力を入れろ」と言うのは間違っていると思うんです。アルゴリズムの観点でも有効なチャネルなので、広報部からも積極的にDMでのやり取りを推奨しています。

良い文化醸成の秘訣は「成功体験の積み重ね」と「正しい情報伝達」
三島:
美容師さんたちの実績をどのように可視化して評価につなげているのでしょうか?
山本:
実績を知るための指標として用いているのが、ホットペッパービューティーの予約数です。ALBUMでは、Instagramであれ他のチャネルであれ、最終的な予約はホットペッパービューティーを経由させることで、個人の売上が確認できるようになっているんです。
また、運営母体であるオニカムが開発した顧客管理&スタッフ教育アプリの「IKINA(イキナ)」でも美容師を評価しています。
アプリに設定されている評価項目は、売上、再来率、コメント率、撮影力、フォロワー増加数など合計28項目あり、これらのデータをもとに給与が決定されるんです。年1回行われる社内表彰式では、Instagramのフォロワー増加数なども表彰の対象となります。


三島:
それらがSNS運用のモチベーションの維持・向上につながっているのですね。
山本:
とはいえ、本社が積極的にモチベーションを管理しているわけではありません。ALBUMの美容師は総じてモチベーションが高いので、自主的に投稿内容を工夫したり美容師同士で相談したりするシーンが非常に多いです。
私たちが一番大切にしているのは、トップダウンで行動を強制して、彼らの努力を邪魔しないこと。一応、社内で毎月開かれる定例会で、SNS運用の方向性は9割方決定します。それを「こう決定したので従ってください」と頭ごなしに言うのではなく、会話を重ねて美容師が実施してもらえるように伝えることを、常に意識しています。
三島:
皆さんが高いモチベーションでSNS運用に取り組めているのは、コミュニケーションを重視するカルチャーに大きな要因があると感じました。山本さんから見て、ALBUMがそうした文化を醸成できた理由は何だと思いますか?
山本:
「小さい成功体験を重ねてきたこと」と、「本社の情報は正しいという信頼を獲得してきたこと」の2つが大きな要因ではないでしょうか。
それらの積み重ねが、今の組織の姿につながっていると思います。
堅実な成長でALBUMの魅力を届け続ける
三島:
最後に、山本さんがこれからALBUMで取り組んでいきたいことを教えてください。
山本:
地味な目標ではありますが……中長期的にSNSを少しずつ成長させていきたいです。
美容業界はトレンドが常に移り変わるし、どんどん次世代のスターが生まれます。私たちもその波に乗らなければいけませんが、バズることばかりを狙って瞬間的なブレイクにとどまるのだけは絶対に避けたい。
InstagramやTikTokなど、さまざまな媒体でALBUMのコンテンツが視聴者に届き続ける世界線を築いていくことが、私たちの目指す未来だと考えています。

三島:
TikTokにも活動の幅を広げていきたいと考えているのですね。
山本:
TikTokでバズっている美容師は徐々に増えてきました。しかし、TikTokはエンタメ要素の強い動画がバズりやすいため、Instagramとは異なるコンテンツ制作が必要になるかもしれません。
それでは美容師の負担が増える一方ですし、エンタメを追求しすぎたあまり、美容師のブランドを損なってしまうリスクもあります。広報部として、フォロワー数などに意識を向けすぎて発信の方向性がズレていかないよう、これからの発信も注意深く観察していきたいです。
三島:
SNS運用において、戦略を考える立場の人が「急成長しなくていい」とハッキリ言えるのが素敵だと感じました。フォロワー数を増やす方法やSNS媒体のアルゴリズムなど、正しい情報を常に把握しているなど、その方針を実行できる堅実さがある点が、ALBUMの強さなのですね。
テテマーチではスタッフのSNS運用自走化へ向けたロードマップ・KPI策定や
運用マニュアルの整備、分析・改善までご支援いたします。